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  • 優しいエールの物語—— 「掬えば手には」で温かい気持ちになろう

    「感受性が強く、人に対して優しいところもあるがその反面傷つきやすい」これは小学校低学年時の通知表に書かれていた私への所見だ。褒められているのかなんなのかわからないが、確かに今も気遣いは必要以上にしてしまうタイプかもしれない。

    瀬尾まいこ「掬えば手には」の主人公である大学生「梨木匠」もそんな感受性が強い一人だ。中3の時にクラスメイトの心情を察して助けたことから、「人の心を読める能力がある」と思って困った人を助けてきたが、SF小説ではない本作で「人の心が読める能力」なんて、実際は「察しがいいだけ」だろう。

    現に能力を拠り所にして「みんなの漏れている感情に言葉を送るようになった」と思っていた梨木は、バイト先の後輩で、表情や言動に感情が乗らず心が読めない「常盤さん」とのやり取りで戸惑い「『人の心が読める』そんなの、共に時間を重ねれば、誰にでもできることだ」と評するようになった。

    あるかもしれない自分の力を確かめたくて、ぼくは人の気持ちに触れることをやめられなかった。そして、そのうち、みんなの漏れている感情に言葉を送るようになった。
    漏れてくる思いを感じられる力。そして、そこに応じた言葉を送れば、喜んでもらうことも、安心させることもできる。ささやかだけど誰かのためになる力。それがぼくにはある。そう思っていた。

    — 「掬えば手には」より

    自分主体か相手主体か気持ちの置き方が変わっただけで、人一倍感受性が強く、繊細で、どうにか人とつながりたいから相手の心にこだわっているだけでは?と思うのだが、これが梨木にとって悪いほうに作用しない。ただの主人公の挫折にも作品に漂う優しさの強調にもしない部分に、瀬尾作品らしさがある。

    本書の帯で「心に羽が生える最高傑作」とあるが、羽が生えたようなふんわりとした読後感で終わらせず、この先の梨木が人の気持ちにとらわれすぎずに歩き出すことを期待できる…。そんな骨太の力強さがあるのはさすがである。

    また、暖簾に腕押しが物語の終わりギリギリまで続く常盤さんとのやり取りだけではなく、長い友人である「河野さん」(彼女に関する伏線がまた秀逸!)やバイト先の店長などとの関係はコミカルな部分もありつつ、物語の根幹を担う役割をしている。

    優しい気持ちが流れるカウンセリング的な物語…だけとは思わず、会話も楽しめるものとして手に取ってほしい作品だ。

  • 自分とは違う人生を味わう—— 「水車小屋のネネ」から優しさをもらう

    この現代に最も求められているものが「この本に全部詰まっていた」と感じられた1冊でした。優しくあること、人との繋がり、勇気を持つこと、人との信頼、自分にできることを循環させていくこと・・・。世の中が便利になる反面、少しずつ薄れてしまっている「本当に大切なこと」を、この本の40年は私たちに伝えてくれている気がするんです。

    い⁡つでも誰とでも繋がることのできる現代はとても便利で恩恵もたくさん受けているけれど、一方で人の中にある「寂しさ」や「認められたい」気持ちはなくなるどころか大きくなっているようにも思います。それはきっと、繋がりやすいからこそ必要以上に「何者かにならなければ」と無意識に感じているからかもしれません。だけど、本来は何者にならなくても自分が無理なくできることを、届く範囲の他人にしてあげられることで充分なはずです。

    登場人物の誰もが、自分にできること(好きなこと、得意なこと)で他者の力や喜びになることができていて、「あのことなら○○さん」みたいなつながりもあって。背伸びをしない自分でいることで充分喜んでもらえるという経験が、今の私たちはできているだろうかと考えるきっかけとなりました。

    「自分が元から持っているものはたぶん何もなくて、そうやって出会った人が分けてくれたいい部分で自分は生きてるって。だから誰かの役に立ちたいって思うことは、はじめから何でも持ってる人が持っている自由からしたら制約に見えたりするのかもしれない。けれどもそのことは自分に道みたいなものを示してくれたし、幸せなことだと思います」

    — 「水車小屋のネネ」より

    そして、読み終えた後感じたのは「やっぱり優しくありたい」ということです。相手に踏み入ったり押し付けるような優しさではなく「距離感のある優しさ」が表現されていて、こんな風に在りたいなと何度も気付かされました。優しさは時に弱さになることも悪用されることもあるかもしれないけれど、それでも私は優しさを強さとして持ち合わせていたい。それを登場人物たちは教えてくれました。優しいって実はめちゃくちゃ強いのでは・・・?!

    題名から「ネネの話なのかな?」って読み進めていたましたが、最後まで読んだらきっとすべてがつながります。ネネはずっとただそこに居てくれて、人と人を繋いで癒しとなっていたんですね。あぁ、私もネネに会いたい。

  • 書くことはたったの5つ――「されど日記で人生は変わる」で自分を見直す

    私はこれまで「日記」というものをたくさん書いてきた。ある程度続いたものもあれば、3日も書かずに終わったノートもあるし、雑ではあるが数年続いたメモ書き程度のもの、絵日記としてイラストと共に日々を綴ったものもある。そんな「日記」が大好きな私でも初めて出会った「日記の書き方」がここにはあった。

    今まで日記とは「終わったことの記録」でしかなかった。しかし、この本の中にあるのは「今」であり「未来」へ向かう自分への理解であった。自分への理解なんてある程度人生歩んできたらできているよ。そう思うかもしれないが、本当にそうだろうか。

    少なくとも私はこの本を読みながら途中で文房具屋へ行きノートを買い、この本に書かれている通りに日記を書いた時、初めて「自分のことを知らなかった」と気が付いた。自分のことを知らないということさえ私は知らずに毎日を過ごしていたのだ。

    ・「どんな感情を味わいたいか」をあらかじめ書き込んでおくのです。

    ・明日やるべきことを終えたらこんな感情を味わいたい」と考えながらスケジュール帳に書き込み、タイムマネジメントをするのです。

    — 「されど日記で人生は変わる」より

    1番驚いたことは目標にしていることと、今の自分が本当にやりたいたいことが全く真逆だったのだ。自分の心に従って進んでいたと思っていたのに「今の自分」は違うことをして過ごすことを望んでいることに日記をつけ始めた日に気が付いた。今の自分を無視して送っていた毎日は確かに疲れるものだったと今実感している。

    日記と言うと過去の記録と思われるかもしれないが、この本の中に書かれている日記とはそうではなく自分と対話する時間なのだと思う。一言で自分と対話をしましょうと言われても難しいが、日記の書き方や感情の書き方についても詳しく書かれており日記を書いたことのない方でもハードルを全く感じない一冊だと感じている。

    この本を読み終え、毎朝目覚めると同時にやってくる「幸福感」と「未来への希望」をぜひ多くの方に体感していただきたい。

  • その人の記録をたどる。——「レシート探訪 1枚にみる小さな生活史」から見えるもの

    ユニークな表紙に惹かれて手に取った1冊。最初、この本を手に取った時は、「軽い読み物を読みたいな」くらいの気持ちでしたが、読み進めるうちに、ふと手が止まるような言葉がいくつも現れて、ページをめくる手がゆっくりになっていきました。

    『レシート探訪 一枚に見る小さな生活史』は、雑貨店店主、会社員、農家など、さまざまな肩書きを持つ人々のレシートを入口に、その人の暮らしぶりや価値観、日々の想いを丁寧に紐解いていく一冊。2020年5月末から2023年1月末にかけて取材されたという背景もあり、すっかり過去のものになった「コロナ禍」の空気が、ところどころ言葉の端に立ちのぼってくるのも印象的でした。

    なかでも心を掴まれたのが、「レシートを受け取る時、人は未来を見ている」という一節。レシートとは「買ったものの記録」としか見ていなかった私にとって、この視点は斬新でした。

    たしかにレシートは購入を証明する紙きれかもしれない。だけどその瞬間、人は「その先への喜びや楽しみ」へと思いを巡らせている——未来の時間へと気持ちを向けている。

    レシートを受け取る時、人は夢を見ている。
    — 「レシート探訪 1枚にみる小さな生活史」より

    思い返すと、自分にとってそれに近い感覚を抱くのが「旅の切符」です。電車の切符や飛行機、フェリーのチケット。乗り物に乗って、座席に腰を下ろした瞬間こそ、私の旅のなかで最も心が高揚する時間です。

    まだ見ぬ景色や出会いに胸をふくらませるそのひとときは、写真にも残らないし、物として手元に残るわけでもない。それでも、切符や飛行機のチケットをあとから見返すと、そんな「これから旅が始まるぞ」というワクワクした気持ちが、鮮やかに立ち上がってくるのです。

    レシート宿る、私の物語。あなたはレシートから、どんな物語を思い出しますか?

  • 母である前に、ひとりの私へ届けたいお守りのことば

    優しいタイトルに惹かれて手に取ったのが、松浦弥太郎さんの「大切に抱きしめたいお守りのことば」。普段の生活にそっと寄り添った前向きになれる「ことば集」は、ページをめくるたびに、柔らかな写真と言葉に心がふっと軽くなります。

    私は、小学生2児の母です。子育てや仕事に追われる中で、生きてく上で悩みや不安にぶつかることは誰でもあるけど、この本がリセットを手伝ってくれるような気がします。読んだ後は、無理に頑張らなくてもいいんだ、と深呼吸できる瞬間が増えた気がします。私のように「母親だから頑張らなきゃ」と気負いすぎてしまう人にも、そっと優しく寄り添ってくれる本です。

    自分をいちばん愛せるのは、他の誰でもない自分自身です。

    — 「大切に抱きしめたいお守りのことば」より

    ⁡⁡

    その言葉にうなずいたとき、私は“できないことはできるようにしなきゃ”と自分を追い込みながら頑張りすぎてきたことを思い出しました。子どもに対しても、できるようにさせてあげるのが母親の役目だと信じていたのです。でも読み進めるうちに、できないなら幸せではないと条件をつけるのではなく、弱さや欠点も含めて愛してあげればいいのだ、と語りかけられたように感じました。

    ⁡⁡

    自分を愛することと、弱さを受け入れることがつながった瞬間、家族や友人、そして自分自身も「不完全であることこそ完璧なんだ」と気づきをもらった気がします。

    まずは自分の弱さやコンプレックスを、隠したり誤魔化したりせず、まるっと愛する。そこから始めてみようと思います。(まずは畳んだ洗濯物を放置してる自分を愛すとするか・・・)

    この本はコンパクトサイズなので文字通り”お守り”として持ち歩いたりしています。疲れた心を癒したい人、優しい言葉に救われたい人にぜひ手に取ってほしい一冊です。

  • 世界一周旅行というお守り

    誰もが一度は目にしたことがある「世界一周クルージング」のポスター。わたしが初めて見たのは、大学生の頃。居酒屋のトイレだろうか。学校休めないし、そもそもお金をそんなに出せないぞって思いながら眺めていた記憶がある。

    「ポトスライムの舟」では、主人公のナガセが職場でこのポスターを目にするところから始まる。新卒で入った会社を強烈なパワハラで退職し、働けない期間を経て、昼は工場勤務、夜は友人のカフェの手伝い、週末はパソコン教室の先生という「時間を金で売る」生活をしている29歳のナガセ。ふと目にしたポスターにある163万円という代金に釘付けになる。それは、ナガセの工場勤務の年収とほぼ同じだった。

    「あんたの一年は、世界一周とほぼ同じ重さなわけね」
    工場でのすべての時間を、世界一周という行為に換金することもできる。(中略)自分の生活に一石を投じるものが、世界一周であるような気分になってきていた。
    — 「ポトスライムの舟」より

    工場勤務の収入で、163万円を貯めようと決意して過ごした1年間をこの物語では描いている。実際に1年後本当に貯められたのか、ナガセは世界一周の旅に出たのか。それは読んでからのお楽しみ。ただこの本で伝えたいことは、そこにはないのだ。気づいたら職場と家の往復、同じような毎日を過ごしているところに、「世界一周」という選択肢が出来たら、どうなるだろう?今日からの1年間が「世界一周」に換金できるとしたら?

    そこでふと思い出したのが、仕事に行き詰まった時に思い立ってドイツに住んでいる友人を一人で訪ねたこと。これは完全に衝動的で、貯めるという期間も経ずに実行してしまったのだが。

    友人を頼って、突然訪れたドイツ。もちろん彼は昼間仕事で不在のため、一人で公園を歩き、ウィンドウショッピングをしながら、当てもなく街を彷徨った。夕暮れ時、自転車に乗ったサンタクロースが目の前を横切る。その瞬間、日常の枠を超えた異世界に迷い込んだような感覚に包まれた。そして、こうした非日常へ飛び込む自由が、自分の手の中にあることを実感した。あの仕事は辞めたけれど、それからも私は何かしら働いている。それは、いつでもふらりと旅に出られる自分でいるためだ。

  • これが生活なのかしらん

    出版社からの情報

    まさかこれが自分の生活なのか、とうたがいたくなるときがあります。それは自分にはもったいないようなしあわせを感じて、という場合もあれば、たえられないほどかなしくて、という場合もあるのですが、それはもちろん自分の生活であるわけです。その自分の生活というものを、つまりは現実を、べつだん、大げさにも卑屈にもとらえず、そのまま受けいれたとき、みえてくるのは「ほのおかしさ」ではなかろうかと思います。ままならない生活にころがる「ほのおかしさ」を私はずっと信じています。まぶしいほどまっすぐで、愛おしい。ままならない生活をめぐる38編のエッセイ。

  • こがようこ

    ライター。シェアキッチン&スペースを運営。全国のさまざまな地域でそこに住む人たちの働き方・暮らし方を取材。

  • 旅は終わらない。 —— 「わたしのマトカ」が誘う旅の余韻

    「かもめ書店」・・・かめもしょ・・・「かもめ食堂」。そんな言い換えをしながら手にしたのは、映画「かもめ食堂」の撮影でフィンランドに滞在した日々が描かれているエッセイ。片桐はいりさんが書いた「わたしのマトカ」だ。

    撮影の日々と言っても、基本的に土日は休み(時給が平日の倍という決まりがあるから)、平日も8時間労働の規則があるので仕事は早く終わって、さらに滞在時期は8月末から9月とまだまだ日が長い時期。はいりさんは、毎日ポケットに1.8ユーロをしのばせ(当時のトラムの乗車賃)、市場や劇場、マッサージにクラブ、週末はカヌーに乗って渡る島のレストランなどさまざまなフィンランドの日常を体験するのである。

    市場で一リットルの苺を買い、スプーンでざくざくと頬張る。優しいお父さんが迎えてくれる素敵なファームステイ。そして、トラム運転手さんのさりげない気遣い。何気ないけれど心に残る、そんなフィンランドの日常が鮮やかに描かれている。

    さらにこのエッセイには、旅が終わった後の「つづき」がある。東京に戻っても、フィンランドの空気を纏いながら日々を過ごすはいりさん。そう、旅に「つづき」があるのだ。

    今もわたしの部屋では
    世界のあちこちで集めた贅沢な時間たちが
    それぞれの時を刻んでいて
    それを眺めるたび
    わたしの時間も少しだけ優雅になる。

    — 「わたしのマトカ」より

    物理的な工程は終わっても、旅した人の心のどこかにその土地の景色、出会った人々、音楽、味などあらゆるものが残っていて、ふとした瞬間に顔を出す。

    わたしはこの本を読んで、15年ほど前に行ったフィンランドを思い出した。この本と同じ8月に行ったので、21時頃でも日が高く、港で海とかもめを見ながら飲んだビール。「閉」ボタンがないエレベーター。マッシュポテトにベリーのソース。公園で楽しく過ごす人々。小さい店が雑多に詰まった建物。本にも登場したトラムにも乗った。その前にいたストックホルムが雨でとても寒かったけど、ヘルシンキでは快晴でいい感じの暑さがあり、2泊という短い時間だったけど、のんびりと楽しい旅だった。

    「わたしのマトカ」を読みながら、当時の風景、味、空気感が鮮やかに甦り、まるで自分が再びフィンランドにいるような気分に浸った。旅エッセイを読めば、いつもは「行った気」になって満足するのに、今回は違う。一緒に旅をした気分を味わったはずなのに、それだけでは足りず、もう一度あの行きたくなってしまった。

    さて、フィンエアーのフライトを調べてみよう。旅の続きへ。

  • 四国を旅する本屋さん「かもめ書店 by sicoc」がオープン。

    シコックが手掛ける「かもめ書店」シリーズが新登場しました。四国を感じながら旅するのに、本はいいスパイスを与えてくれます。流行りの本を並べるのではなく、1冊1冊丁寧に選んだ本は、琴平文具とも価値観を共有する新しい四国旅を提案しています。

    かもめ書店

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