白黒はっきりしていなくてもいい—— 「すみれ荘ファミリア」で考える愛のカタチ

読む人によってハッピーエンドとなるか、バッドエンドとなるか分かれる一冊ではないだろうか。

個人の見解だがこのすみれ荘ファミリアに出てくる人物には100%善人はいない。そして100%悪人もいない。みんなそれぞれ善と悪、表と裏がある。そしてそれが非常にリアル。

人間みなその2つがあって当たり前だと思うが、日常生活を送っているとついそのことを忘れ「あの人はいい人だから」とか「悪気があったわけじゃないんだから」とか、何かにつけて人の善の部分だけ見ようとして自分のモヤモヤを押し込めていることがある。いや、日常生活を穏やかに送るためにはそれでいいのだが、自分がモヤモヤしていることには変わりない。

その日頃押し込んでしまうモヤモヤした出来事を、こちらのすみれ荘の住人たちがあけっぴろげてくれる箇所が所々にあるおかげで、物語を通じて、人間のこれは許せないという嫌な部分も、受け止めてあげたくなる部分も見ることができた。

世の中の人すべてが理解し合い、許し合えるなんてのは幻想だ。

だからといって希望を捨てることはない。

世界にも、心にも、グレーゾーンというものがあっていい。

— 「すみれ荘ファミリア」より

そして物語のクライマックスは序盤の雰囲気から急降下、予想外の連発に休む暇なくページをどんどことめくってしまった。

ラスト、私的にはハッピーエンド。しかし読む人によって、思い入れる登場人物によって、きっと読後感は大きく変わるだろう。是非読んだ方と感想を言い合いたい、そんな一冊だった。

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